英語と格闘するオタクの妄言

昔から日本語が好きで、日本語以外の言語に対する興味が希薄だ。

英語教育に力を入れていると謳う中高一貫校を卒業して身に着けたのはプレゼン中言葉に詰まったときに英語っぽく唸りながら時間を稼ぐ方法だけだったし、大学もうっかり国際系の学部に進学してしまったばっかりに次々と留学へ飛び出していく同級生を横目に4年間同じ教授の講義に通い詰め日本語ばかりを捏ねくり回して卒業することとなった。厳密に言うと卒業論文は日英対照をしながら書いたが、最後まで英語のことがよくわからなかったので、〆切を若干過ぎてほうほうの体で教授に提出したのはふわふわお気持ちポエムだった。

一応日本語以外の言語を学びたいという気持ちが湧くこともあって、大学では必須でもないフランス語をとってみたりもしたが、フランス語の「語頭のhは発音しない」という特性と「r」の発音の難易度によって自分の名前すら満足に発音できず、自己紹介もまともにできないまま脱落してそれきりになってしまった。

 

専門用語の少ない文章であればある程度読める。私は小さい頃から「前後文脈から推測して文章の大意を掴むことで知らない単語を適当に誤魔化す」ことがやたらと得意だったから、TOEICくらいまでのレベル感の長文読解であれば(少なくとも学生時代は)それなりの精度でできた。

中高時代に嫌というほどネイティブスピードの英語を聞かされたせいでリスニングも多少はできる。あくまで「多少は」であるけれど、英語しか話せないお客様が来ても、とりあえず要望は大体わかる程度には聞き取れる。

しかしながら実生活においては当然ながら聞き取れたところで返事ができなければ意味がない。そんなわけで私の英語力は「人並みに読めるし多少は聞き取れるがアウトプットが壊滅的」という、ペーパーテスト以外で全く役立たないレベルのまま停滞していたし、それでいいと思っていた。英語を今後の人生で使うビジョンが全く見いだせなかったからだ。

 

しかし今、私は拙いなりにもたもたと英語を勉強している。

推しの言葉を理解したい。全てはその一心からである。

 

推しと書いたが知ってから日が浅すぎるので推しと呼ぶのは早計な気がする。ここでは単に「彼」と呼ぶことにしよう。

彼を知ったのは、フォロワーのツイートからだった。

「あのさフォロワー、23秒だけ私に時間くれない?」という一文と共にツイートされた動画は、Youtubeの配信を切り抜いたものであるようだった。

私は2年ほど前から某Vtuberのオタクをしている。俗に言うつよいおたくではないにせよ、細々とスパチャをし、グッズを購入し、いわゆる現場があれば可能な限り現地に赴いたり、配信を視聴したりしている。たぶんそのVtuberのオタクの中では中堅以下の位置付けだと思うが、おかげさまでオタクの気持ち悪さ以外には辟易することもほとんどなく、楽しくウキウキと追いかけられている。

そのVtuberのことを教えてくれたのが件のフォロワーだったものだから、何の迷いもなく動画を再生した。再生して、息を呑んだ。

フォロワーの趣味は正しい。紹介されていた彼は、マジで、めちゃくちゃ、ものすごく、非常に、可愛かった。

なるほどね、と、助けてくれ、を反芻しながら、私は特にためらいもなくYoutubeで彼の名前を検索した。

 

全部可愛かった。

 

感心するほどに好みの男だった。面白すぎる。たとえ彼がVtuberでなく、ソシャゲの実装キャラだったとしても、私は彼のことを好きになるだろうな、と思わざるを得ないほど好きなタイプの男だった。

とはいえ配信者を追いかけるのは大変だ。私という人間はひとりで、同時に複数の配信を見ることは不可能ではないにせよかなり難しいし、長時間配信が続くとアーカイブを追いかけるのも厳しくなってくる(ひとりの人間に与えられた1日は平等に24時間なので)。

だからとりあえず切り抜きをたくさん見て今後の進退を考えようと思って、親切にも日本語字幕をつけてくれている切り抜きのひとつを開いた。

その切り抜きは彼の視聴者の中で一番多いのが(彼がほぼ全くと言っていいほど日本語を話せないにもかかわらず)日本人だと言うことに言及している場面のもので、彼は「日本人リスナーには申し訳ないと思っている、日本語も少しずつ勉強する」というような旨の発言をしていた。

 

いやそれはおかしい。彼の優しさは嬉しいけれどおかしい。

彼の母国語は英語で、英語で配信することを前提に雇われている配信者なのだ。それならどう考えても努力をするべきはこちら側だろう。どう考えても中学校から大学まで10年間も英語を勉強したくせに彼の配信の内容が3分の1くらいしかわからない私が悪いし、コメントのひとつもまともに打てない私が悪い。

そう思い始めたら我慢できなくなって、フットワークの軽い友達を引きずるようにして閉店間際の書店に駆け込んだ。大学受験の頃以来まともに触りもしなかった参考書の棚に向かって、ネットで評判のよかった単語集を買った。

 

好きだというなら投資すべきだし、努力すべきだ。

金を出さずに、彼の言葉をわかるようになる努力もせずに、好きかも~♡と宣うような茶の間が一番嫌いだから、彼の優しさにあぐらをかきたくなかった。

 

Section45まである単語集を15日間で1周して、学生時代に使っていた文法の参考書も買い直した。

わかっていると思っていた事項がほとんどわからなくて、彼のツイートもまともに読めなくて、結構訛っている彼の配信は半分聞き取れたら御の字で、わからなくて詰まるたびにネットで調べたり泣きわめいたりしながら今も細々と勉強を続けている。

私は引くほど不真面目な学生で、センター試験当日も会場で剣戟!月光浪漫の歌劇を走っていたので、おそらく今人生で一番真面目に英語を勉強している。

 

彼のことが結構好きだ。推しと呼ぶには好きだと思ってから日が浅すぎるけれど、かなり、だいぶ、好きだ。これからも応援出来たらいいなと思う。

応援していく中で、英語の勉強も続けて、彼の配信をリアルタイムで理解して、彼に気軽にスパチャが送れるようになるといいなとも思う。もしかすると彼が日本語の勉強をして、簡単な日本語のコメントなら拾ってくれるような、そんな日が来るのかもしれないけれど、彼の言葉を、彼のアクセントで聞き取れるようになりたいなと思う。

 

いつか彼がVtuberではない誰かになる日が来るとして、その時までにはちゃんと彼の言葉で追いつけるように頑張るので、どうかすぐには舞台を降りずに私を待っていてほしい。そんな願いが本人に届くわけはないので、これはあくまでオタクの妄言だけれども。

 

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