人生で一番好きな男の話

紀田正臣という男が好きだ。どこが好きかと問われれば存在としか答えようがないくらいには好きだ。

 

私が正臣に出会ったのは、まだランドセルを背負っている頃のことだった。

小学6年生だった私はその当時某国擬人化ジャンルのオタクをしていて、推し受け原理教の過激な信者だったせいで他カプの友人と大喧嘩を繰り広げ1週間ほど口を利かなかった程度には厄介な腐女子だった。当時は本気で「は!?!?こいつ頭おかしいでしょ」と思って戦っていたのだが、今思い返すといくらなんでも厄介オタクがすぎる。カップリングの多様性は(原作エアプゴミ解釈でない限り)極力認めるべきだ。

 

そんな私に(大喧嘩を経て無事に和解した)友人が勧めてくれたのがデュラララだった。

 

「前髪が短い男が主人公で最高」

 

タイトルと今現在アニメが放送されているということ以外に彼女から得られた情報は誇張抜きでこの程度だったので、12歳の私は帰宅してすぐパソコンに向かい該当のアニメについて調べてみることにした。デュラララ、検索。

とりあえず分かったことは「原作小説が電撃文庫から刊行されている」ということだったように思う。その2年ほど前に電撃文庫作品を狂ったように追いかけていたせいか当時「電撃文庫から出ている作品はすべからく面白い」という謎の信仰を抱いていた私にとっては、「原作が電撃文庫だ」という、それだけで十分だった。

 

そのあとの私がどうしたのかは、不思議なことにいまひとつ覚えていない。アニメを録画して、近くの書店で原作小説を買える分だけ買いこんだことは覚えているのだが、デュラララという作品に初めて触れた時の感情はなぜだか全く覚えていないのだ。

次に覚えているのは、Pixivで戦争コンビの二次創作を読み漁っていたことだ。今思うと解釈が未熟でお恥ずかしいのだが、当時はまだ腐女子としての自我が育ち切っていなかったから大衆に迎合して当時流行していた解釈のシ〇イ〇を大量摂取していたように思う。ちなみに正直なところ今でも戦争コンビのことは好きだが、まずどちらかといえばイ〇シ〇だと思うし、何より腐女子としての自我が育ってしまったので「ふたりの間にある感情を愛だとか恋だとかそういう陳腐な言葉で片付けるのはどうかと思うんですよね、あのふたりの間にあるのはそんな安っぽいものじゃあないでしょう(早口)(コーナーで差をつけろ!)」というキモオタムーブをかましてしまう前に口を噤みたいというのが正直なところだ。

 

私のカプ観の話はどうでもいい。

その次に覚えているのは、「紀田正臣、この世で一番好きな男かもしれない」という気づきだった。どうしてそう思ったのかは本当に覚えていない。物心ついたころから喧嘩が強く軽薄な物腰でその割に芯が通った物言いをする男が好きだったから、単純に性癖にクリティカルヒットしたのかもしれないし、何か明確な理由があったのかもしれない。ただひとつ思い出せるのは、原作3巻をカバーがボロボロになるくらい読み返していたということだ。結局未だに私が一番好きなのは原作3巻かもしれない。

 

紀田正臣は、「普通」の男だ。

あの世界の中で、常人離れした戦闘能力を持つわけでもなく、人としての道を踏み外し続けていられるほどに倫理観が欠如しているわけでもない。ただ人より少しだけ喧嘩が強い、ただそれだけの男だと思う。非日常を己のものにするには優しすぎるし、臆病すぎるし、それなのにただの善人として生きていくには些かばかりずるすぎる。卑怯で臆病でずるくて弱くて、それでもやっぱり優しい、「普通」の人間。

たぶん私は、紀田正臣のそういうところが好きなんだと思う。

己の臆病に、卑怯に、真っすぐ向き合うことはきっと苦しいことだ。私はずるい人間だから、向き合わずに済むなら向き合いたくないし、向き合わずにはいられない状況でもやっぱりできることなら向き合いたくない。でも正臣は、己の罪を認めて、背負って、それでも前に進もうと足掻くのだ。その足掻き方も決してスマートなわけではない。もっとうまいやり方があるのかもしれないと思う。けれど、向き合うこと自体が、彼の勇気であり、強さだと思う。

 

何が言いたいのかわからなくなってきてしまった。

私は善人ではなくて、さりとて悪人でもない正臣が好きだ。弱くて卑怯で臆病で、強くて誠実で優しい正臣が好きだと思う。

 

彼は物語の中の住人だから私と同じようには年を取らないけれど、そんなことはわかっているけれど、仮に私が彼と出会った年から彼と私が毎年同じように年齢を重ねてきたとすると、正臣は今年で26歳になることになる。そんなに長い間、彼を好きでいられたことを誇りに思う。

私にとって今までもこれからも、紀田正臣という男は生涯の推しであり続ける。それだけは自信を持って言える。

 

紀田正臣くん、生まれてきてくれてありがとう。大好きです。